エンディングストーリー ⑥最後のおかえりなさい

それは突然の電話でした。夜明け前に長男様からのご連絡で、「父が今しがた亡くなりました。何も準備ができていない状況で、お力をお借りしたいのですが…」という悲痛な声が伝わってきました。急ぎ病院へ駆けつけ、お会いして相談。お帰り先は準備が整わないためご自宅ではなくホールの霊安室に故人様を安置しました。長男様は、お葬式を出すのが初めてで、戸惑いや不安がいっぱいのご様子でした。しかし、その夜は何とか安置を済ませ、翌日に日程や手順について話し合うことになり、一息つくことができました。

翌日、エンディングプランナーの中村は改めて長男様との打ち合わせに臨みました。長男様は仕事の都合で時間が取れず、仕事が終わった後、オフィスの応接室での打ち合わせとなりました。何も段取りができていない状況に臨機応変に対応し、一つ一つ丁寧に案内しました。お父様は仕事一筋の方で、友人も少なく、家族だけのシンプルなお葬式を望まれていたと聞きました。その希望を尊重し、話を進めていくうちに、中村はふと、お父様についてもっと詳しく聞きたいと思い立ちました。

打ち合わせの終盤に、お父様について伺うと、長男様の表情が一瞬寂しげになりました。それは、父親への深い想いがあるのだと感じた中村は、お葬式の話を一時中断し、故人様への想いやご長男様の心情に耳を傾けました。

故人様は大工職人として、祖父の代から受け継がれた伝統とこだわりを持って働いてこられました。木造住宅が主流だった時代、一つ一つの家を心を込めて作り上げ、施主様から大変な信頼を得ていました。頑固な職人でありながら、その腕前と信念は揺るぎなく、家を建てることに誇りを持っていたそうです。そして故人様の夢は、先代が作った古くなってしまった自宅を、自分が直し建て替えるというものでした。それは昔から言っていた夢だったのでした。

長男様は、気難しい昭和の厳しい父親とは反発し合いながら幼少期を過ごしましたが、奥様が若くして急逝。それにより父と子の二人の時間が増え、次第に距離が縮まっていったと話してくれました。そして、父親の影響を受け、ご自身もこだわりの住宅を作る住宅メーカーに就職し、父親から学ぶことが多かったと語っていました。やがて、父親の夢を叶えるべく、自宅の建て直しを決意し、設計から細部まで病床の父と相談しながら、こだわりを持って進めていたその矢先に、病気が進行してしまいました。完成間近の新しい自宅に父親を案内したかったという思いが、長男様の胸に深く残っていたのです。

その話を聞いた中村は、こう提案しました。「今のお葬式の計画を見直しましょう。式場ではなく、お父様を新しいご自宅にお連れし、そこからお見送りするのはどうでしょうか?」と。長男様はその提案に驚きを隠せませんでした。今では90%前後のお葬式が葬儀会館でお葬式を行う時代で、若い長男様は自宅でお葬式ができるとは思っていなかったのです。「お父様のためにも、そして長男様のために、自宅から送ってあげるべきです」と伝えると、涙を浮かべながら「ぜひお願いします。父にこの家を見せてあげたいんです」と、強く頷かれました。

翌日、新築の自宅で式の準備を進るために部屋の大きさや導線を確認。新築の家を傷つけないように充分に養生するなどして細心の注意を払いながら故人様をお連れしました。長男様は涙をこらえながら「おかえり。新しい家はどうだい?」とお父様に語りかけました。最後まで自宅で過ごしていただくことができ、その後、火葬場へと向かいました。

火葬を終え、お骨になって自宅に戻られた際、長男様は感慨深げに「何となくですが、通夜の晩に父が家の隅々を見て回ったような気がしたんです。最後に父を家に連れてくることができて、本当にありがとうございました」と話されました。大切な思い出の詰まった場所から故人様を送り出せたことが、ご家族にとってかけがえのない時間となったことでしょう。中村もまた、この経験を通じて、家族の絆の深さを感じることができました。