エンディングストーリー ⑦最後の家族キャンプ

「いざという時に気が動転しそうなので、その時のことを教えてください…」電話越しに聞こえてきたのは、か細く震える声でした。それも無理はありません。40代の若さで、同い年の夫が末期がんと診断され、余命もあとわずかと医師に告げられたその女性は、深い悲しみと不安に押しつぶされそうになっていました。その声を聞いたエンディングプランナーの中村雄一郎は、病院でのお見舞いを終えたの後に、奥様とご自宅で事前相談をすることになりました。

自宅に着くと、そこにはまだ小学生の息子さんと娘さんがいました。「子供たちには、もう状況は話してあります」と、奥様は疲れ切った表情で話しました。その顔には、深い悲しみと絶望が刻まれていました。中村自身も、家族の切なさが痛いほど伝わり、心を揺さぶられる思いで、お葬式について話を進めるのが辛く感じられました。説明をしながらも、中村は「この家族は、その瞬間が訪れた時、果たしてこの現実を受け止められるのだろうか」と案じていました。そして、「その時が来たら、私に任せてください。不安がたくさんあると思いますので、携帯に直接電話してください」と、奥様にそう伝え、事前相談を終えました。そして、ついにその時が訪れてしまいました。

長い闘病生活を終えた旦那様は、静かに自宅に戻ってきました。自宅は新しい住宅街で、隣人との関係は希薄で、旦那様は「最期は自宅で家族だけで静かに過ごしたい」と強く希望していたことから自宅安置となりました。死亡率の高い癌ということもあり、夫婦で最期を迎えた時のことはしっかりと話し合っていたそうです。職場の方々や友人とは、病院でお別れを済ませており、最後は家族だけで静かに送って欲しいと。それは残された家族にお葬式のたいへんなことをさせたくないという故人の希望でした。そのようなお話をしてくれた奥様の表情は、生気を失い、疲れと悲しみがにじみ出ていました。それでも、彼女は旦那様の思いを尊重し、慎重に打ち合わせを進めていきました。その中で、中村は、家族のことを深く思いやる故人の姿をもっと知りたいと思い、奥様にインタビューを申し出ました。すると、奥様は「ぜひ、子供たちも一緒に話をさせてください」と言い、中村は翌日、インタビューのためだけに再度伺うことにしたのです。

「お父さんは何でもできる人だったんだよ!」と、前日まで泣いていた長男が、誇らしげに話し始めました。「土日はいつも家族で過ごすって決めていて、パパは張り切って準備してたんだ」と、長女も懐かしそうに語ります。平日は深夜まで仕事をして、疲れ果てて帰ってくることが多かった旦那様ですが、土日は家族のために全力を尽くす姿が、家族の記憶に深く刻まれていました。特に、家族でのキャンプは、どれも楽しく、旦那様が最も張り切っていたイベントだったそうです。写真もたくさん見せてくれました。山や海など様々なところへキャンプに行った思い出はどれも楽しく、お父さんが一番張り切っていた家族イベントでした。キャンプの時に小学生になった子供たちが作るカレーが大好きと言ってお父さんがモリモリ食べていたこと。家族でテントの中で夜中話をしていたこと。みんなでキャンプ用品を買いに行っていたこと。どれも楽しく素敵な思い出でした

しかし、奥様は静かに涙を浮かべ、「もうお父さんがいないから、家族でキャンプには行けないね…」とつぶやきました。長男はお父さんともう一度キャンプに行けることを信じ、ボーイスカウトに入り、キャンプの技術を学んでいたそうです。その話を聞いた中村は、ある提案をしました。「最後に、家族キャンプをしましょう。お父さんと最後のキャンプを。」

お寺の理解を得て、通夜は16時から静かに始まりました。家族や近しい親族だけの、10名ほどの小さな通夜式でした。そして、通夜式後、家族は喪服から普段着に着替えをし、会場内にテントを張り、キャンプの準備を始めました。お父さんの棺は、顔が見える全面面会ができる棺だったため、テントの中に移され、家族はその周りに集まりました。焚き火はできませんが、子供たちはキッチンでお父さんのためにカレーを作り、4人分を用意しました。そして家族はお父さんを囲んで、いつものようにカレーを食べ、テントの中で家族だけで過ごしました。翌朝、告別式の前に、家族は静かにテントを片付け、最後の別れをしました。作ったカレーは、家族の手でお棺の中に入れられました。

葬儀が終わった後、奥様は中村にこう話してくれました。「最後の夜は、家族4人で遅くまで話をしていました。不思議と悲しさは感じず、まるで主人がいつものように私たちを支えてくれているような気がしました」と。そして、子供たちも、「お父さんと最後のキャンプができて、本当に良かった」と笑顔で話してくれました。その瞬間、中村の胸には、言葉にならない感動がこみ上げました。最愛の人を失った家族が、前を向いて少し歩き出すことができた、その力強さに涙が止まりませんでした。