エンディングストーリー ⑨これからのキックオフ
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本葬儀は、私が都内葬儀社に勤務していた当時のお話で、今でも忘れることなく鮮明にご家族の事を覚えています。それは葬儀業に転職して、まだ私が2年目の新米エンディングプランナーの時のことでした。ただがむしゃらに「家族が前を向いて貰いたい」「お父さんとの思い出を繋いで貰いたい」という想いでお葬式をお手伝いしました。私にとっては忘れることない施行の一つです。
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それは突然の依頼でした。「警察署から葬儀屋さんと一緒に来て欲しいと言われました。ただ何をどうすればよいのか全く分かりません。お手伝いいただけますか?」と意気消沈した奥様からの電話でした。そして千葉県の某警察署までお迎えに行ったのです。
職場の工場で突然倒れて心肺停止。そのまま帰らぬ人となったそうです。事故でも無く突然の身体不調で突然死でありました。今朝も変わらずに自宅から出社したので、まさかこのようなことになるとは、家族を含めて誰が思ってもみない不幸でした。エンディングプランナーの中村が、警察署でご連絡をいただいた奥様とお会いすると、取り乱すこともなく、何が何だかわからず茫然自失の様子でした。まずは自宅に連れて帰りたいという希望あり、自宅にお連れしました。そしてその後のお葬式の事を打合せしたのです。普段であれば、お葬式の内容と共に故人様のことなどインタビューをするのですが、明らかに憔悴している奥様には、長いお話をすることは出来ずに、打合せは終わってしまいました。その打合せに同席していたご長女様も同様に、未だに受け入れられない状態であり、ご家族に何もサポートが出来ない自分に悔しさを感じました。
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翌日にドライアイス交換に再度自宅に訪問しました。ご近所付き合いもあまり深くないこともあり弔問客も少なく、自宅はひっそりしていました。奥様とご長女様はずっと故人様の傍にいたのでしょう。近くのソファーには毛布があり、近くに寄り添っていた形跡がありました。元々口数が少ない奥様とご長女様ということもあり、なかなかお話も進まない状態で3日間が経過しました。何とかお葬式の内容は決まりましたが、家族の想いなど聞けずにお葬式の日が近づいてきました。エンディングプランナーの中村は、なかなか力になれない不甲斐なさを募らせていました。
そして翌日もご自宅に伺ったその時でした。自宅で見知らぬ男性と廊下ですれ違いました。挨拶するも反応が無く自宅二階へ姿を去っていったのです。奥様にそのことを伺うと、実はご長男様だったのです。実は高校生の時から自宅に引きこもるようになってしまい、今ではほぼ自宅からの外出もしなくなったそうです。自宅でもあまり話をせずに自室にいることが多く、奥様もご長女様も一言も口を利かない日もあるとのことでした。お父さんが亡くなって帰ってきた際には、その姿を見るや否や立ち去ってしまい、お葬式への参列をするか否か聞けない状態でした。ただ、夜になると父親の傍に来てはずっと顔も見ていたそうです。実は、ご長男様にとって家族で唯一心を開いていたのがお父様だったそうです。「もう少しご長男様のことを聞かせて貰えませんか?」とエンディングプランナーの中村はその時に何かを感じ取りました。
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その町はJ1リーグに所属する某サッカーチームがある街で、サッカーが盛んな街でした。ご長男様が小学生の頃からサッカーを始めて、その練習や試合などはお父様が送り迎えをしてくれていたそうです。お互いサッカー好きであり、話題は常にサッカーが中心でした。サッカーをプレーするのも好きですが、観るのも好きな親子。わざわざサッカー有料チャンネルを登録して、深夜にテレビで海外サッカーを観戦したりも。そして、Jリーグシーズンになれば、週末のホームゲームは必ず観戦に。時には家族4人で行くこともあったそうです。みんながユニフォームを来てみんなで大声で応援していた。最近ではお父様とご長男様の二人で出かけるのが日課になっていました。引きこもりだったご長男様が唯一自分から外出するのはその時だけだったそうです。もちろん次のホームゲームも一緒に観戦するつもりだった。そんな矢先の突然の訃報でした。ご長男様にとっては心から信頼する父親が亡くなったショックは相当大きかったでしょう。これからは全く出かけることも無くなってしまうのでは無いか?誰とも話をしなくなってしまうのでは無いか?お母様はそんな不安も感じていたのです。これからこの家族はどうなってしまうのか。家族みんなが悲しみと不安を感じている。それは故人様もきっと同じ気持ちだろうと、エンディングプランナーの中村は何をするべきか考えて動き出したのです。
(来月に続く)