エンディングストーリー ⑩これからのキックオフ

今月は先月号の続きをお伝えします。 突然に職場で急逝してしまったお父さん。その事実に茫然自失のご家族。その家族に「何ができるのだろうか?」と考え続け、寄り添ったあるエンディングプランナーの中村のお話です。

心を通わせたお父さんが亡くなってしまい、長男様が更に引きこもってしまうのではないか――そのことを家族はもちろん、エンディングプランナーの中村も心配でなりませんでした。きっとお父さんにとっても、それは望まないことだと感じていました。お父さんがいなくなってしまっても、お父さんとの思い出を胸に、前を向いてもらいたい…そんな一心で、中村はある場所に向かいました。そこはサッカースタジアムでした。
季節は今と同じ、年の瀬が迫る頃。そこは故人様と長男様が欠かさず訪れていた、特別な場所です。普段は自室に引きこもりがちだった長男様も、サッカーのホームゲームの日だけは外出していました。故人様も、そんな息子さんとの時間を大切に思い、試合の日は必ず仕事を休むよう調整していたそうです。お父さんがいなくなってしまっても、お父さんと共に過ごした場所へ通ってもらいたい――その想いを胸に、中村はスタジアムへと足を運びました。
しかし、平日のスタジアムは閑散としており、練習の気配すら感じられません。それでも何かできることはないかと、中村はスタジアム内にあるサッカーチームの事務所を突然訪問し、現状を説明しました。しかし、その時チームはJ2リーグに所属し、次週の試合でJ1リーグへの昇格が決まる大事な時期でした。緊張感が漂う非公開の練習期間であり、チームとしての対応は難しい――そう告げられました。それでも、事務所のスタッフさんの計らいで、チームのポスターを一枚いただくことができました。また、いつも親子で座っていた指定席から、静かなフィールドの写真を撮影しました。中村は、この写真を手渡し、お父さんとのサッカー観戦の思い出を少しでも長男様に思い出してもらえたらと願いました。


翌日も自宅を訪れた中村でしたが、家族の悲しみは深く、長男様は自室に閉じこもったままでした。そして通夜の日。朝から支度を進める中村は、いただいたポスターや写真を加工して展示、そしてユニフォームも飾ろうと準備をしていました。すると突然、一本の電話が鳴りました。それは予想もしない出来事でした。中村は支度を他のスタッフに任せ、急いで出かけていったのです。
通夜当日になり、職場の方々など大勢の参列者で慌ただしく進みました。会葬者の多くが家族を気遣い、声をかけてくださいましたが、家族の表情は変わらず、疲れ切った様子でした。長男様も大勢が集まる通夜には姿を見せず、家族だけで行う告別式に参加することになりました。
そして告別式の日。読経が終わり出棺直前の最後のお花入れの儀の時でした。中村は一枚の色紙を家族に差し出しました。それは――あのサッカーチームの監督と選手全員からの直筆の応援メッセージでした。昇格をかけた大事な時期に、チーム全員がこの家族のために協力してくれたのです。色紙には、長年チームを応援してくれた故人様への感謝の言葉と、家族への温かい励ましのメッセージが一杯に書かれていました。その瞬間、家族全員が涙を流し、中村も一緒に涙しました。そして中村は長男様に向けてこう伝えました。「このメッセージを家族に届けてほしいと、チームの方々から託されました。これは、お父さんとの思い出を大切にしている長男様へのメッセージです。お父さんはこれからも遠くから見守っています。どうか今まで以上に元気な姿を見せてください。」と。その色紙のレプリカは、棺に手向けられました。そして火葬場へ向かう車中、長男様は遺影とともに、その色紙を大事に抱きしめていました。


後日、葬儀後の手続きサポートでスタッフが自宅を訪問しました。その時、長男様が自室から出てきてくれたそうです。「この前の試合、行ってきました。中村さんにそう伝えてください。」チームは見事にJ1昇格を決め、長男様は喜びを噛みしめたそうです。そして、その傍らにはお父さんの写真が――。長男様は、お父さんと一緒にその場にいたのでしょう。
中村は、その報告を聞いて胸が熱くなりました。自分の想いだけでなく、サッカーチームの皆様を含めた多くの人々の想いが、ようやく長男様の心に届いたのだと感じたのです。それは、「別れ」ではなく「つながり続ける絆」。お父さんとの思い出を胸に、新たな一歩を踏み出した家族の姿に、中村は深い感謝の気持ちでいっぱいになりました。