エンディングスストーリ ⑫ 音楽に送らせて         ~ラストコンサートに込めた思い~ 

「弟が亡くなりました」
それは、エンディングプランナーの中村がお世話になっている方からの、突然の連絡でした。その方は、吉原祇園祭で神輿や山車を引くようになった頃、町内のことを丁寧に教えてくださった“兄貴分”のような存在。その弟様が、まだお若いにもかかわらず、闘病の末に容態が急変して旅立たれた―。知らせを受けた中村は、すぐに病院へ駆けつけました。

時は冬、火葬場の予約も取りづらく、葬儀まで一週間以上を要する状況。そこで中村は、経済面の負担軽減とご遺体の安全を考え、エンバーミングを施したうえで、ご自宅へお帰しすることを提案しました。

Old music sheet pages. Ancient grunge note sheets


ご家族との打ち合わせの中で、中村は故人様の人生に触れました。
寡黙で、人付き合いはあまり多くなかったという故人様。けれど、ひとつだけ、長年心を傾けてきたものがありました――それが「音楽」でした。学生時代、兄の影響で入った吹奏楽部。その後もずっと楽器と共にあり、大人になってからもクラシックやジャズのCDが部屋中に並ぶほどの音楽愛好家。演奏からは一時離れていたものの、トランペットは今も大切に保管されていました。

「コンサートを開きませんか?」それは中村の中に自然と湧いてきた提案でした。
音楽を愛し、音楽に支えられた人生を、音楽で見送りたい――そんな思いでした。故人様がかつて所属していたバンドメンバーに連絡を取ると、驚くほどあたたかな返事が返ってきました。「彼のためなら、ぜひ演奏させてください」と、かつての仲間たちが快く準備を引き受けてくださいました。

中村はラストコンサートに向けての準備に取り掛かりました。故人様が演奏していた写真をもとに、プロのデザイナーによる特大ポスターを作成。そこには「LAST CONCERT」と銘打たれ、故人様が堂々とトランペットを構える姿が描かれていました。また、お兄様よりトランペットをお預かりし、生花祭壇の中心に飾る“音楽祭壇”を設計。お兄様は「弟のために」と、3日間かけてそのトランペットを丹念に磨き上げてくださいました。


そして迎えた通夜の日――コンサートの始まる前、会場のモニターに映し出されたのは、生前の故人様が演奏する姿を収めた動画でした。静かなホールに響くその音色に、多くの参列者が思わず目を潤ませていました。その後、かつての仲間たちによる演奏が始まりました。想いのこもった2曲が演奏され、場内はしめやかな空気に包まれました。

しかしその直後、思いがけない申し出がありました。
「もう1曲、“聖者の行進”を演奏してもよいでしょうか?」ジャズバンド時代、弟様が最も好きだったという一曲。その申し出に、会場からは自然と賛同の拍手が沸き起こりました。演奏が始まると、そこには驚くことが。会場にいた参列者から自然と手拍子が広がり、誰からともなくリズムを刻み始めました。音に包まれた空間がひとつになり、それはまるで――天へと旅立つ彼を見送る、“手拍子の行進”でした。

“聖者の行進”――ジャズの本場・ニューオーリンズでは、葬送の際にこの曲を奏で、音楽で魂を明るく見送るという伝統があります。この日、この場所で響いたその旋律は、まさに彼にふさわしい最後の曲だったのです。

実は、喪主であるお母様は、当初「演奏をお願いするなんて申し訳ない」と一度は断られていました。けれど葬儀を終えたあと、「ラストコンサートやって良かったです。あの子もきっと喜んでいます」と仰って貰えました。

音楽に包まれて、音に乗せて旅立った故人様。その表情は、どこか晴れやかで、どこまでも穏やかでした。空の向こうでも、あのトランペットを携え、微笑んでくれていたら――中村は、そう願いながら静かに手を合わせました。

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